1967年11月に初めての彼らの国である英国内の全国ツアーをスタートしました。
この時のマネージメントは、すでにバートとジョンがソロ・アルバムを発売し1年後のペンタングルのファーストの制作発売予定のレコード会社トランスアトランティック・レーベルの創立者ナット・ジョセフとピート・バーマン。
しかしバンドのメンバーには不評で、まず彼らを「Bert Jansch & The Pentangle」の間違ったバンド名で紹介。ピート・バーマンはコンサートでは控え室で念入りにめかしこみ洒落た衣装に身を包んでステージに上がり、途方もなく時間をかけておしゃべりをした後にペンタンングルがステージに登場。
*ジョン・レンボーンの証言
「まったくいい思い出はなかったね」
ただそれまで正式なマネージャーを持たずにホースシュー・クラブを中心に活動し、あとは気ままにフェスティバル等に出演していたペンタングルにとってこのツアーは全国的に彼らの存在が知れ渡り知名度が急激に上昇しました。
こういったツアー会場はイギリスやアメリカによくみられるように各大学の構内で行われ、クイーンズ・ユニバーシティ・フェスティバルでは共演者にレズ・ブリージャー、ジミ・ヘンドリックス、ウォーターソンズ等の名前があります。
そして、このツアーによってペンタングルを任せることが出来る有能なマネージャーが必要な事に彼らは気が付き始めました。
☆☆☆☆☆
*「The Pentangle/The Time Has Come」のブックレットを参照/参考させていただいています。(Part8へ)
この時のマネージメントは、すでにバートとジョンがソロ・アルバムを発売し1年後のペンタングルのファーストの制作発売予定のレコード会社トランスアトランティック・レーベルの創立者ナット・ジョセフとピート・バーマン。
しかしバンドのメンバーには不評で、まず彼らを「Bert Jansch & The Pentangle」の間違ったバンド名で紹介。ピート・バーマンはコンサートでは控え室で念入りにめかしこみ洒落た衣装に身を包んでステージに上がり、途方もなく時間をかけておしゃべりをした後にペンタンングルがステージに登場。
*ジョン・レンボーンの証言
「まったくいい思い出はなかったね」
ただそれまで正式なマネージャーを持たずにホースシュー・クラブを中心に活動し、あとは気ままにフェスティバル等に出演していたペンタングルにとってこのツアーは全国的に彼らの存在が知れ渡り知名度が急激に上昇しました。
こういったツアー会場はイギリスやアメリカによくみられるように各大学の構内で行われ、クイーンズ・ユニバーシティ・フェスティバルでは共演者にレズ・ブリージャー、ジミ・ヘンドリックス、ウォーターソンズ等の名前があります。
そして、このツアーによってペンタングルを任せることが出来る有能なマネージャーが必要な事に彼らは気が付き始めました。
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*「The Pentangle/The Time Has Come」のブックレットを参照/参考させていただいています。(Part8へ)
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