フォーク・ソングの世界に入り込んでいくと、そこには今まで聴いたことのない
音楽があった。
フォーク・ソングの世界に浸る前にはとにかく“歌”と言うのは歌謡曲が中心で色恋沙汰を
語った詞が中心だったのが、戦争への反対の気持ちに思いを込めた“反戦歌”や社会へ
の不満、不条理を問う“メッセージ・ソング”等が“フォーク・ソング”に含まれている事を
知りました。
これやな。
当時のアメリカの大学生達がべトナム戦争や政府への批難を歌にした曲が数多く紹介
されてきた。やさしいメロディにまるで男女の甘い恋愛ソングかと思っていたところ訳詩
を読んで戦争の悲惨さについて唄った曲だと知りショックを受けた。
そしてアメリカや英国で人気のあった「ブラザース・フォア」「キングストン・トリオ」そして
「ピーター、ポール&マリー」を日本中のフォークのプロもアマチュアも聴いていることに
気がつき、“フォークの父”と呼ばれるウディ・ガスリー等の素朴なアメリカの伝統歌等も知る。
『花はどこへ行った』『我が祖国』『500マイル』『ドナドナ』『悲惨な戦争』『漕げよマイケル』
『レモン・トゥリー』『虹と共に消えた恋』そして『パフ』『風に吹かれて』などの名曲と同じく
“フォークの女王”と呼ばれたジョーン・バエズやボブ・ディラン達の作る曲は今まで聴いた
事のない音楽も聴けた。
ここまで来ると自分でフォーク・ソングを作りたくなり、周りの連中はすでにオリジナル曲を
持っているのでギターを始めて1、2年で自分の曲を唄う事は珍しくなかった時代。
もちろん音符なんて書けなかったので“自分の書いた歌詞にメロディを考え、それに
合うと思うコードを付けた”曲。もちろん「F」コードは出て来ないけど。
しかし初めて自分の作った曲を人前で唄うのはこっぱずかしかったな。
(今は誰も聴いていなければ頼りなぁて唄ってられへんけど)
そして通っていた中学で毎週土曜日の放課後に音楽室で“フォーク・コンサート”が
開かれる事になりわたくしの人生で初ステージの日が迫って来た。
えらいこっちゃ。
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